スマートフォンやSNSの普及、また長引く新型コロナウイルスの影響で、店舗やWebサイト・アプリなど、複数チャネルで商品・サービスを販売する「オムニチャネル戦略」を推進する企業が急激に増加しました。当記事は、オムニチャネル戦略で成功した8社の事例をご紹介します。またオムニチャネル戦略を成功に導く3つのポイントも合わせて解説します。自社におけるオムニチャネル化のヒントとして、お読みいただけたら幸いです。
オムニチャネルとは?注目される理由
オムニチャネルとは、顧客とのオンライン・オフラインのあらゆる接点を連携させ、いつでもどこでも顧客が商品を購入できる体制をつくることです。
マルチチャネルとの違い
「マルチチャネル」という似た言葉が存在し、いずれも「複数のチャネル」を持つという点では一致していますが「各チャネルが独立しているか、連携し合っているか」という点で異なります。
マルチチャネルは、複数のチャネルがそれぞれ独立しています。例えば実店舗に来店した顧客に対しては実店舗でアプローチと販促を行い、取引を完了します。一方、オムニチャネルは、複数のチャネルがそれぞれ連携し合っています。例えば実店舗に来店した顧客がWebサイト上のオンラインショップでお気に入りに登録する、そのデータを元にSNSでリターゲティング広告を出すなど再アプローチし、その結果、後日、自宅からオンラインショップで取引を完了するなど、各チャネルを連携させて流れを生むことが可能となります。
多様化する消費者行動
以下のように、現代の消費者は自分がより納得のいく購入体験を求め、それぞれの利点に応じて、複数のチャネルを使い分けています。
1:検索で辿り着いたWebサイトの動画を見て、金融商品の概要を知る
2:オンライン商談を申し込み、詳しい説明や試算を聞く
3:検討した上でWebサイトから商品を契約する
<保険加入の検討例>
1:店舗で保険加入したついでにパンフレットをもらう
2:自宅に戻り、パンフレットでの不明点をWebサイトで検索する
3:再度店舗へ訪問して、内容を確認。店舗で新たな保険への加入を申し込む
<洋服の購入例>
1:メルマガ内の動画から、気になるアイテムを見つける
2:Webサイトで洋服の詳細情報を確認
3:店舗で試着
4:自宅に戻り、Webサイトから色違いを注文。ネット決済をする
このように多様化している消費行動に対応するために、顧客データやシステムを統合し、スムーズな顧客体験を提供するのがオムニチャネル化です。オムニチャネル化により、顧客の選択肢が広がり、より便利になりますし、企業にとっては販売機会の逸失を避けられ、顧客の購入行動のデータが一元化できるため、さらなる売上向上が期待できます。オムニチャネルについて詳しくは、以下記事でもご説明しています。
関連記事:オムニチャネルとは?意味やメリット、戦略実施までの流れをわかりやすく解説
オムニチャネルの成功事例8選
続いて、各業界の最新事例として、8社をピックアップしてご紹介します。新しいポイントや改善した点、顧客に喜ばれる点などをご紹介しますので、ぜひご覧ください。
- 新生銀行(銀行)
- りそなホールディングス(銀行)
- オリックス生命保険(生命保険)
- 無印良品(アパレル・雑貨)
- ベイクルーズ(アパレル・インテリア)
- ファンケル(化粧品)
- JINS(メガネ)
- マツモトキヨシ(ドラッグストア)
事例1.新生銀行(銀行)
株式会社新生銀行では、新型コロナウイルス等の影響で店舗へ来店しにくい顧客に対して、インターネットチャネルでのサービス提供を拡充するため2021年よりインタラクティブ動画マーケティングMIL(触れる動画)を導入しました。
インタラクティブ動画はWebサイト上に設置。顧客は自身の選択(タップ)から診断形式で、運用意向に近い金融商品を選ぶことができる内容になっており、動画内で商品申込まで完結できます。
動画内では店舗の営業スタッフが、実際の接客と同じテンポで説明。対面接客で資料を見せながら視覚的に説明している部分には、動画ではグラフとアニメーションで分かりやすく表現する工夫を加えたり、右下に表示される「ポップアップボタン」をタップするとより詳細な情報が表示されたりと、インタラクティブ動画ならではの機能を使って、顧客の理解を促進しています。
オンラインでのビデオ相談や電話相談とは違い、「インタラクティブ動画」ならオンラインで商品の説明をする営業スタッフの役割を置き換えることができる点が大きなメリットです。導入後、支店のない県の顧客からの商品申込等があるなど、従来のアプローチとは違う、新しい顧客層との出会いが生まれており、導入当初に期待していた「インターネットチャネルで完結する営業推進」が実現しつつあります。
事例2.りそなホールディングス(銀行)
りそな銀行を傘下におく株式会社りそなホールディングスは「りそなのオムニチャネル宣言」と称し、2016年からオムニチャネル戦略を推進してきました。
いつでも取引ができることを目指し、24時間のテレフォンバンキングや住宅ローンの休日審査、一部店舗では営業時間を延長するなどの取り組みを実施し、どこでも取引ができることを目指して、スマホアプリの開発が進められました。
引用:株式会社りそなホールディングス
2018年にリリースしたスマホアプリ「りそなグループアプリ」は、2019年には100万ダウンロードを突破しています。このアプリでは、口座残高がいつでも確認できるのはもちろん、出金レポートで顧客の支払いを見える化し、前月との比較などの切り口で分析できます。また、AIが口座状況や銀行取引を分析し、ムダな出費や貯金についてアドバイスする点も新しい魅力です。
また、顧客がタブレットを操作して事務手続きを完結させたり、次世代営業店システムの開発を進め、高度な相談はテレビ窓口で専門スタッフが対応したりするなどの施策で、顧客満足度向上と店舗の負担軽減を図っています。
事例3.オリックス生命保険(生命保険)
オリックス生命保険株式会社では、死亡保険や医療保険などを取り扱い、保有契約件数が470万件を突破するなど、契約数が堅調に推移しています。
保険の販売チャネルは大きく分けて4つあります。保険会社の直接販売、代理店販売(保険代理店、保険ショップなど)、通信販売(ネット販売)、銀行窓口販売がありますが、オリックス生命保険では従来、直接販売をしていませんでした。
引用:オリックス生命保険株式会社
そこで2016年にコンサルティング営業部門を新設して直販チャネルを立ち上げると同時に、4つのチャネルを連携しオムニチャネル化に取り組みました。
例えば、通信販売で興味を持った顧客が、対面でのコンサルティングを希望した場合は、面談日時の予約受付までWeb上で行えたり、電話で問い合わせた顧客が他社プランとも比較したいという場合は提携する代理店を紹介したりするなど、顧客の選択肢を増やし、利便性を高めています。
単にチャネルを増やす「マルチチャネル」ではなく、それぞれのチャネルが相互に補完し合う「オムニチャネル戦略」を実施することによりサービスを最適化し、顧客満足度の向上を図っています。
事例4.無印良品(アパレル・雑貨)
「無印良品」や「MUJI」ブランドを展開する株式会社良品計画は、他社よりも早い時期にオムニチャネル化を推進してきました。2013年にリリースしたスマホアプリ「MUJI passport」は、現在も続くサービスです。
引用:株式会社良品計画
「MUJI passport」は、顧客情報や商品・サービスがアプリ内で完全に同期しており、最大の特徴は、すべてのタッチポイントにおける顧客体験を通じて「MUJIマイル」が貯まることです。店舗やアプリでの買い物、店舗へのチェックインに加えて、配送してほしい商品をリスト化して購入したり、マイバッグを持参したりといった体験を通じてマイルが貯まります。
そして、イベントやデリバリーの予約ができたり、商品についてのコメントをレビュー投稿できたりするなど、顧客にとってはオンライン・オフラインの垣根なく活用でき、より一層「MUJI」ブランドのファンになる仕掛けがあります。その結果、アプリのダウンロード数は国内で累計2,451万、8つの国と地域では5,929万に到達しています(2021年8月時点)。
企業側は、売上の向上とともに、オンライン・オフラインの顧客の流れを一本化することで、さらに正確なデータの収集・分析ができる仕組みになっています。
事例5.ベイクルーズ(アパレル・インテリア)
「JOURNAL STANDARD(ジャーナルスタンダード)」などのブランドを展開する、セレクトショップの株式会社ベイクルーズは、ユニクロ、アダストリアに次いで、アパレルECでは国内第3位の規模です。オムニチャネルにも力を入れており、コロナ禍で顧客の動向がECへ大きくシフトした2020年8月には、ECでの売上高は、全社売上高の約4割(510億円)を占めています(出典:週刊東洋経済プラス)。
ベイクルーズのオムニチャネル戦略では、他のECモールに依存するのではなく、自社ECサイトを強化することに力を入れています。またWebと店舗での在庫や顧客情報の統合によるプラットフォーム化に力を入れており、そのために最先端のAI技術を取り入れるなど、高度なシステムを構築しています。
引用:株式会社ベイクルーズ
自社ECサイトでは、10秒単位で在庫情報を更新し、顧客が確実に在庫のある商品を購入できるようにしたり、「店舗在庫の取り置きを申し込める」といった会員限定サービスを提供したりと、利便性向上により購入を促進しています。またSNSでは、スタッフがモデルとなってスタイリングを公式Instagramで発信。ブランドへの愛着を高めるとともに、商品への興味・関心を高め、販売促進につなげています。
ベイクルーズは、各チャネルにおける顧客のエンゲージメントを向上させながら、購入促進を実現しており、オムニチャネルのお手本企業と言えるでしょう。
事例6.ファンケル(化粧品)
化粧品・健康食品の研究開発や製造・販売を行う株式会社ファンケルも、IT化とオムニチャネル戦略に力を入れています。2016年に顧客情報管理システムと通販システムを刷新し、2018年には店舗システムを刷新しました。また通販サイト「ファンケルオンライン」のリニューアルによって、店舗とWeb、電話窓口といった各販売チャネルの会員情報がリアルタイムに共有できるようになりました。
顧客にとっては、Webでも店舗でも同じようにクーポンを使用できるようになり、どちらで購入してもサービス品質が同等になったことで利便性が向上しました。顧客のカウンセリング情報や他のお客様からの声をリアルタイムに接客に活かせるため、顧客体験の向上にもつながっています。
引用:株式会社ファンケル
2021年には「FANCLメンバーズアプリ」をリニューアルし、1つのアプリでさまざまなコンテンツを利用できるようになりました。AI(人工知能)によるAIパーソナル肌分析や、来店前のカウンセリング予約サービス、ポイントカード機能など、顧客にとって便利な機能を搭載しています。
事例7.JINS(メガネ)
メガネブランド「JINS」を展開する株式会社ジンズは、機能的でかつデザイン性に優れたメガネを研究開発し、販売まで手がけています。
2007年には、度付きメガネのECサイト「JINSオンラインショップ」を世の中に先駆けて開設する一方で、当時は店舗での紙の顧客情報管理のリスクを勘案し、顧客データを収集していませんでした。しかし2015年からのアプリ開発に伴い、CRM(顧客関係管理)強化とオムニチャネル化を図りました。
引用:GooglePlay(株式会社ジンズ)
2017年に導入したJINSアプリでは、JINSで購入したメガネの保証書や度数情報が一括管理され、顧客はメンテナンス時期や視力測定時期のお知らせを受け取るなど、充実したアフターフォローを受けることができるようになっています。
また、アプリでは、顔型や黒目の位置からメガネ選びをアドバイスしてもらえる、カメラ機能で画面上のメガネ試着をして似合い度判定を受けられる「バーチャル試着」など、メガネ選びをAIがサポートしてくれる点も新しく、顧客にとって嬉しいポイントです。
事例8.マツモトキヨシ(ドラッグストア)
ドラッグストア「マツモトキヨシ」を展開する株式会社マツキヨココカラ&カンパニーでは、早期からオムニチャネル戦略を展開してきました。
LINE公式アカウント開設、公式モバイルアプリのリリースなどチャネルを拡大後、2015年には、リアル店舗、マツモトキヨシ公式サイト、マツモトキヨシ オンラインストアを統一基盤として、オムニチャネル化を本格的に開始。ドラッグストアチェーンでは初の試みとして、リアル店舗の店頭在庫・価格をWeb上で確認可能にするなど、以下の6点を実行しました。
- オムニチャネル化に対応するための、公式サイトリニューアル
- マイページ機能
- 全チャネルにおけるポイントの統合
- オンライン上で「取扱商品に関する最新情報」の閲覧が可能に
- Web上での「店頭在庫・価格の確認」(よく利用する店舗をマイページ内に登録)
- Web上での「商品の店頭取り置き・取り寄せ」の申込
リアル店舗とデジタルチャネルの連携を進め、双方の購買情報を一元管理することにより、新たな販促や囲い込みのためのサービス強化につなげています。
引用:マツモトキヨシ オンラインストア
マツモトキヨシは「コミュニケーションチャネルの最適な組み合わせを図り、顧客接点を拡充することで、利便性の顧客体験を実現した好例」と言えるでしょう。
事例に学ぶ、オムニチャネル化を成功させるポイント
ここまで、オムニチャネル戦略に取り組み、成功した7社の事例をご紹介しました。これらの事例から学べる、オムニチャネル化を成功させるポイントは3つあります。
- 自社の課題、提供したい顧客体験を明確にする
- 自社に合ったシステムやツールの導入
- 全チャネルでの理解の浸透と認識の統一
それぞれについて、詳しく解説していきます。
自社の課題、提供したい顧客体験を明確にする
1つ目は、自社の課題や提供したい顧客体験を明確にすることです。
ご紹介した事例もそうですが、自社にとって適切な戦略や体制は企業ごとに異なります。まずは、自社の課題やゴール、提供したい顧客体験や改善点、新たに取り組みたい内容などを整理し、明確にすることが重要です。
そのためには、リサーチや現状分析を行い、顧客の情報や購入行動を理解します。そしてカスタマージャーニーマップを作成し、ターゲットとなる顧客の購入経路を再定義して、最適な顧客体験と解決すべき課題を決めていきます。
例えば「店舗とECの両方を利用する人の購入金額は、店舗だけを利用する人の2倍である」などとデータを元に分析できれば、両方での顧客体験を魅力的にすべきだと判断できます。またアンケートを実施し、不満は「買いたい商品が在庫切れで買えないこと」であると分かれば、店舗とECの在庫統合が必要であると課題を明確化できます。
このように、まず現状の課題を明らかにすることから始めましょう。
自社に合ったシステムやツールの導入
2つ目は、自社に合ったシステムやツールを導入することです。
店舗やEC、アプリなど、複数チャネルのデータを一元管理するためには、全チャネルを横断的に管理できるシステムの導入が不可欠です。どのシステムを選ぶかにより、コストや運用体制、提供できるサービス、取得できるデータや他システムとの連携などが変わるので、自社の課題や提供したい顧客体験にとって、どのシステムが最適であるかを検討しましょう。新しくツールを導入する際は、自社の課題解決につながるのか?費用対効果、顧客にとっての利便性、社内リソースなど、複数の視点から必要性を見極めることが重要です。
全チャネルでの理解の浸透と認識の統一
3つ目は、全チャネルでの理解の浸透と認識の統一です。
オムニチャネルは、一つの部署のメリットを追求するものではなく、全チャネルで協力して企業全体の売上を伸ばしていくものです。ですから、オムニチャネル戦略をスタートする際は、全社的な取り組みが必要です。
システムの導入や仕組みづくりと並行して、オムニチャネル戦略の目的や概要、全体像、そしてオムニチャネル化後の顧客体験の提供方法まで、関与するスタッフの理解を深め、同じ認識を持つように啓蒙していきます。
システム完備というハード面と、運営するスタッフというソフト面が揃って初めて、スムーズな運用を開始することができ、魅力的な顧客体験の提供につながります。
まとめ
実際の企業における「オムニチャネル戦略」のさまざまな成功事例をご紹介しました。事例から学べる、オムニチャネル化を成功させるポイントは3つあります。まずは自社の課題やゴール、提供したい顧客体験を明確にします。その上で、自社の現状に合うシステムやツールを導入し、同時に関与するスタッフの理解や認識を深めることです。
オムニチャネル化は全社横断的なプロジェクトであり、大きなエネルギーを必要としますが、実現すると、顧客の選択肢が増えて利便性が高まり、顧客満足度が上がります。顧客の購入行動が正確につかめるデータを得られるため、データ分析を元に改善を続けるとさらなる顧客満足度向上につながり、好循環に入ることができます。ぜひ他企業の事例も参考にしながら、自社に合った戦略を検討してみてください。
執筆者
黒谷 純子
MIL株式会社 マーケティング
大学卒業後、編集プロダクション等を経て、人材サービス企業のマーケティング職に従事。2021年3月よりMIL株式会社に入社し、現在は自社サイトやMILblogの企画・ディレクション・執筆等を担当している。
Twitter : https://twitter.com/MIL29292841